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福岡高等裁判所 昭和47年(ラ)108号 決定

抗告人 岩下孝子(仮名)

相手方 岩下利夫(仮名)

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

(抗告の趣旨及び理由)

本件抗告の趣旨は、原審判を取消してさらに相当の裁判を求める、というのであり、その理由は、別紙(一)及び(二)記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

しかしながら、当裁判所は、抗告人及び相手方間の婚姻から生ずる費用の分担については、抗告人より相手方に対して原審判認容の限度で分担金の支給を求めうるものと判断するのであるが、その理由とするところは、原審判の仔細に説示するとおりであるから、ここに、これを引用する。抗告人は、抗告人及び相手方間の正常な夫婦関係破綻の原因や両者が別居するに至つた事情などについていろいろ主張しているけれども、右両者間の婚姻費用の分担額を定めるためには、右に引用した、原審判認定の程度にこれらの諸事情を確定、把握すれば足るものであるところ、本件記録を検討してみても、該認定を左右すべき証拠資料は発見できない。

なお、抗告人は、原審判のなした婚姻費用分担額算定の方法について種々論難し、抗告人が別居によつて現実に支出を余儀なくされるであろう経費を基準とすべき旨主張している。しかし、その場合、抗告人及び相手方双方の生活水準をどの程度のものとして把握するかが先ず問題となるところ、過去現実に必要とした経費額によつて将来のそれを推認するとしても、本件記録上いまだ双方が過去現実に支出した経費額を確かめることができないばかりでなく、かりにこれが確定できたとしても、双方の生活態様やその程度に顕著な差異があつた場合などを考慮すると、その推認の結果にも充分な客観的合理性を期待できない。ところが、原審判は、抗告人及び抗告人と相手方間の子である申立外岩下春夫の必要生活費をいわゆる労研方式によつて算出したうえ、抗告人及び相手方間の正常な夫婦関係破綻の原因並びに両者が別居するに至つた事情などについても参酌して、最終的に右両者の婚姻費用の分担額を決定しているのであつて、本件のような場合においては、いわゆる生活保護基準方式や標準家計費方式よりもいわゆる労研方式が客観的合理性に富むものとして適切であることは論をまたないところであるから、原審判の採用した右算定方式はまことに相当というべきであり、その算定過程には何ら不当の咎は見出せない(いわゆる労研方式によつて必要生活費を算出するにあたつては、相手方の収入純手取額を基準とすべきは当然であるから、学校貸付金に対する天引き返済金の控除を問題とする抗告人の主張は、採用できない。)

また、抗告人は、将来の物価上昇を考慮して分担額を決定すべき旨主張するけれども、元来、婚姻費用分担の審判に際しては、婚姻費用分担の基盤となるべき婚姻関係の存続期間すら予期しがたいことが多く、従つて、婚姻によつて生ずる費用の額ないしこれが分担能力について変更をきたし、あるいは物価指数の上昇をみるに至るかも知れないことも、あながち予測できないことではないけれども、それだけにまた、そのすべての事情変更をあらかじめ想定しておくことは到底不可能であるから、本件の場合にあつて、抗告人及び相手方双方の別居解消ないし婚姻解消までに長期間を要するであろうことを当然の前提とし、その間の物価上昇をも参酌して婚姻費用の分担額を定めておくことは、やはり適当でないものといわざるをえない。

その他、抗告人は、原審判認容の婚姻費用分担額が寡少であることをるる主張しているけれども、右分担額算定の方法が相当であることは先に説示したとおりであり(なお、当裁判所もまた、本件の場合においては、賞与等による支給額の調整を必要とは認めない。)、一件記録を精査しても、原審判にはこれを取消すべき何らのかしも認められない。

そうすると、原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 麻上正信 篠原曜彦)

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